「トライアンギュラー」
ラルフ・ピーターソン・トリオ

ラルフ・ピーターソン:ドラム
ジェリ・アレン:ピアノ
エシット・オコン・エシット:ベース
フィル・ボウラー:ベース

むかーし、JTが音楽番組を持っていた。平日の11時くらいからやっていたはずだ。
ある日、黒人のピアノトリオのレコーディング風景が映っていて、骨太な演奏をしていた。
それがラルフ・ピーターソン・トリオだったように思う。

ラルフ・ピーターソンはOTB(アウト・オブ・ブルー)で売り出した、当時、新進気鋭のドラマーである。
彼のドラミングは普通のジャズドラマーとはちょっと違う。どこが違うかと言われると困るのですが、なんとなくこう「凶暴」。パワフルとは違うんですよねー

ラルフ・ピーターソンの演奏を直に聴く機会は数度恵まれた。
最初はブルーノート東京。
この時はすでにトライアンギュラーのメンバーではなかったが、演奏はかっこよく、上機嫌で楽屋に引き上げていくラルフ・ピーターソンにハイタッチしてもらった。ミーハーである。
ちなみにトライアンギュラーでのピアニスト、ジェリ・アレンもブルーノート東京に出演したことがあり、これも聞きに行った。

ラルフ・ピーターソンを2回目に聞いたのは、確かオーレックス・ジャズ・フェスティバル。
これは当時バリバリに売り出し中のゲイリー・トーマス(ts)のバンドだった。メンバーどおりの豪快な演奏だったように記憶している。

そして3回目。これもブルーノート東京だった。
コルトレーンの何かの記念のために召集されたバンドで、フロントには有名なホーン奏者が並び、ラルフ・ピーターソンはリズムセクションの一人という扱いだった。
この日のステージは生涯忘れることができないものとなった。

さて、ジャズをあんまり聴かない人のために解説しておきますと、トラディショナルなジャズは大雑把に言うと基本的に3連符のノリで演奏される。
4拍子の曲を3連符のノリで演奏するのだから1拍に3つの音が入って、1小節で12個の音になる。
数字で書くと
1-2-3-4-5-6-7-8-9-10-11-12
である。
ドラムでいえばあのシンバル・レガートが3連符のノリを出している。
ジャズドラムのシンバルレガートはこの番号の内、1と4と6、7と10と12を叩く。擬音的に表現するとちーちっち、ちーちっちである。
ま、あんまり細かいことにはこだわりませんが、とにかくすべてのパートが3連符のノリ、というのがお約束なのだ。
インプロビゼイション(即興演奏)も然りである。

その日のブルーノート東京は多くのお客さんを集めて演奏がスタートした。
そしてすぐに異変は起こった。
ラルフ・ピーターソンが3連符のお約束を守らないのである。
シンバル・レガートはキープするものの、フィルイン(演奏の区切りで即興的に入れるリズム。ドラマーのテクニックの見せ所。日本ではオカズとも言う)を8分音符、16分音符で叩いてしまうのだ。イメージ的には「枯葉」をハードロックドラマーが演奏しているようなものだ。
しかしながら3連符の曲で8分音符や16分音符のような偶数フレーズを叩くことはある意味難しい。高等テクニックなのである。逆に8ビートの曲でうまく3連符のフレーズを処理するのも同じように難しいのだ。

聴衆は最初は驚いたものの、やがてみんなうなずいて感心した。
さすがラルフ・ピーターソン、難易度の高い演奏を聞かせてくれる。
1曲目はそんな調子でラルフ・ピーターソンが叩きまくり終了。やんやの拍手。
2曲目。ラルフ・ピーターソンは同じように叩きまくる。拍手。
3曲目。同じように叩きまくる。戸惑いながらの拍手。

この辺で聴衆はなんだかおかしいぞ、と気づき始めた。
間違った演奏に聞こえるのだ。少なくとも聞いていて楽しくない。
しかし演奏しているのはアメリカの一流ミュージシャンである。今やNYではこれが当たり前なのかもしれない。
そう考えると文句も言えない(どう考えても言えないが)。
ラルフ・ピーターソンはどんどん叩く。

ところが、

ステージ上のバンドのメンバーがしだいにラルフ・ピーターソンの妙なフレーズに怪訝な顔で振り返るようになった。
それを見て聴衆は一気に事態を確信した。
「ラルフ・ピーターソンはふざけて叩いてる!」

客の反応というのは舞台の上からけっこうわかる、はずなのだがラルフ・ピーターソンはそのドラミングを改めない。何曲やっても同じである。笑顔で叩き続ける。
ブルーノート東京の料金は高い。高い金払ってこんな演奏を聴かされてはたまらない。
私はこれほどまでに殺気立った聴衆は見たことがなかった。最前列のおねーさんはすでにビール瓶を握り締め、いつでもステージに乱入できる体勢に入っている。
しかしそのような状況の中、ラルフ・ピーターソンの演奏に喝采を送り続ける者がいた。私である。
「いいぞラルフ!叩けラルフ!ジャズはイマジネーションだ!叩きまくれー!!!」
今から考えると私にも殺人ビーム視線が集中していたのかもしれない。

ステージが進むにつれ、聴衆とバンドのメンバー、そしてブルーノート東京関係者のフラストレーションは両国の花火のごとく上がっていく。そして無関係に盛り上がる二人(私とラルフ・ピーターソン)。
この世のものとは思えぬ光景である。
このフラストレーションがいったいいつ爆発するか!
しかしこれには全員が同じタイミングを確信していた。
こういったバンドでは最後の曲あたりでドラムソロが入る。普通はこれで聴衆を盛り上げようという算段である。
しかしながら今日に限っては普通でない盛り上がり方になるに違いない。
「あの野郎、イアン・ペイス(ディープ・パープルの左利きドラマー)みたいなソロをやるに違いない。そのときこそ殺!」

そしていよいよその時が来た。他のメンバーが演奏をブレイクしてステージの両脇にどいた。明らかにとばっちりを避けるために距離をとっている。
最前列のおねーさんがビール瓶を握り締めて立ち上がった。
しかし!
ラルフ・ピーやーソンが始めたドラムソロは、あまりにも正統的な、あまりにも伝統的なドラムソロだった。一気にステージにジャズが戻ってきた。
おねーさんもバンドのメンバーもブルーノート東京の店員も固まった。
ラルフは楽しそうにドラムソロを続ける。

ラルフ・ピーターソン、ばんざーい






(2005年2月19日)